嗜好品文化研究会


第1回研究会

「タイ人のコメ選び」 前川健一

ゲスト講師●前川健一/まえかわ けんいち●ライター。日本人の海外旅行史について考察した『旅行記でめぐる世界』(文藝春秋)、『異国憧憬─戦後海外旅行外史』(JTB)や、『いくたびか,アジアの街を通りすぎ』(講談社)など、アジア各地を歩き、暮らして実感したことや疑問に思ったことを自ら解明した多くの著作があり、その執筆姿勢に共感するディープなファンも多い。



コメの種類に関する基礎知識
 まずは、コメの基礎知識を頭に入れていただこうと思うのだが、単純な基礎情報であるにもかかわらず、実は間違った情報が意外に多い。そういった誤情報を正しながら、コメに関する基礎的な話をちょっとしておこう。
 日本に住んでいる日本人が、外国には日本のコメとは違うコメがあると知り始めるのは戦時中だろうか。戦争直後の外米事件のあと、冷夏だった1993年、タイ米が緊急輸入されて、細長いタイ米を初めて知った人も多い。その頃、マスコミなどでタイ米の話がよく取り上げられ、私もタイや世界のコメの話をしてほしいと、何度か頼まれたことがあった。
 その頃、雑誌では「世界コメ事情」といった特集がよくあったが、そのひとつに、某国立大学農学部助手という人物の文章が載っていた。「世界のコメは大きく分けて3つある。ジャポニカ米、インディカ米、そしてモチ米である」と書いてあり、「学者の卵が、この程度の知識でいいのかい」と思った記憶がある。
 それから10年ほど経っても、インターネットの「世界のコメ事情」といったウエブサイトには、「世界には、ジャポニカ米、インディカ米、モチ米の3種類のコメがある」と書いてあった。正解を言えば、ジャポニカとインディカそれぞれに、ウルチとモチの区別がある。だから、インディカのモチ米というのもあるのだ。
 国士舘大学教授の原田信男さんは、『コメを選んだ日本の歴史』(文春新書)で、「ラオス一帯では、熱帯ジャポニカのモチ米が一般に用いられており」と書いている。佐藤洋一郎さん(現・総合地球環境学研究所副所長・教授)の論文を参考にしたようだが、どの資料かわからない。しかし、例えば、『論集 モンスーンアジアの生態史 第一巻』(弘文堂、2008)の、佐藤さんの論文を読んでみると、こう書いてある。「ラオスの山間部の焼き畑で栽培されているコメにはさまざまなものがあるが、大部分は熱帯ジャポニカのモチ米であるのに対して、水田で栽培されているコメはインディカのモチ米である。」
 多くの人が何年にもわたって、「インディカのコメはパラパラ、パサパサだ」と言ってきたので、そのインディカ米にモチ米があると理解できずに、「熱帯ジャポニカのモチ米」の部分だけを参考にしたのかもしれない。ラオスのコメ事情を書くなら、焼畑のコメだけで、ラオス国民の食糧を賄うことはできないのだから、水田で栽培されているモチ種のインディカ米にも言及するべきだった。
 インターネット上の事典、ウィキペディアのタイ料理のページでは、コメについて「タイの中部や南部で食べられているのはインディカ種であり、北部や東北部で食べられているのは長粒種のモチ米である」と書いてある。つまり、長粒種とは書いても、インディカと書くことにためらいがあるようだ。「インディカのモチ米」というのが、形容矛盾と感じたのだろう。
 やや専門的な話に足を踏み入れると、かつては「インディカ米は長粒種でパラパラ、パサパサ。ジャポニカ米は日本のコメで短粒種、ふっくら、しっとり。ジャバニカ米というのは、ジャワのコメで大粒」といった説明がされてきたが、佐藤洋一郎さんの研究で、これは誤りであるとわかってきた。まん丸のコメのインディカがあるし、細長いコメでジャポニカというのもいくらでもある。例えば、ニューオリンズで栽培されているコメは、長粒だがジャポニカである。しかし、こういう事実を言い出すと話が複雑になってしまうので、ここでは正確さには目をつぶり、インディカは長粒種、ジャポニカは短粒種という、今までどおりの単純な理解で話を進める。
 説明がいい加減なのは、コメの種類ばかりではない。「世界のコメ事情」の話題はいろいろなところに登場するが、世界の食文化を教えている大学教授が「ヨーロッパではコメを洗わないで料理する。それは、ヨーロッパでは水がたいへん貴重だからだ」と、信じられないことを言う。また、「コメを箸で食べるのは日本だけだ」などと言う大学教授もいる。つまり、大学で食文化の講義をする教授でも、コメに関する知識はこのくらいいいかげんな人がいるという例だ。


ウルチ米か、モチ米か
 さて、タイ人はどうやってコメを選ぶのだろうか。
 タイの中部と南部ではウルチ米を主食とし、北部、東北部ではモチ米を主食としている。両方、インディカ種である。
 細かく言えば、カンボジアとの国境地帯では、ウルチ米を食べるカンボジア系の文化が、モチ米を常食する東北タイに入りこんでいる。やはりモチ米地域である北タイのビルマとの国境沿いも、ウルチ米の文化が入っている。ウルチ米の最大消費地であるバンコクからは、外食産業とともに、ウルチ米の食文化がモチ米地域に入ってきている。
 このようにモチ米文化は、今後しだいに先細りしていくような気がする。その理由を、いくつかあげてみよう。
モチ米地域では、手づかみで食べている。そのせいで、都会の人間からは、貧しい田舎者だとみられている。バンコクの住人、特に中国人系タイ人には、「文明人は、箸やスプーンやフォークで食事するもので、いまどき手づかみで食べているのは野蛮人だ」という差別感がある。
 モチ米は炊くのに手間がかかるという問題もある。正確には「炊く」のでなく「蒸す」のだが、一晩、水に浸けておいて、朝蒸すという手間を考えると、ウルチ米は、水に浸す必要もなく、数回洗って電気釜のスイッチをポンと押せば、炊ける。しかし、モチ米では炊飯器が使えない(日本の高性能炊飯器なら、おこわも炊けるが)。バンコクなどの都会に出てきた人は、蒸すのが面倒くさくなると、ウルチ米を電気釜で炊くようになる。
 モチ米がだんだん減ってきている理由には、腹持ちの問題も大きい。ウルチ米を食べている人にとってモチ米は重すぎる。体験的に言うと、昼食にモチ米を食べると、夕食が2時間ずれる。おなかが空かないのだ(好きだから、腹一杯食べてしまうということもあるが)。モチ米を食べている人にとって、ウルチ米では力が出ない。しかし、東北部で生まれ、モチ米で育った人でも、バンコクに出てきてホワイトカラーになったりすると、モチ米をあまり食べなくなる。胃袋に重すぎるのだ。


新米か、古米か
 コメを買う時の基準としてモチ米かウルチ米かを述べてきたが、新米がいいのだろうか、古米が好まれるのだろうか。文献を調べてみると、「古米のほうがうまい」と書いてある文献はただ一つだけで、あとは全部、新米のほうがうまいという評価だ。これを証拠づけることわざがある。
 一つは「、カーオ(米)・マイ(新しい)・プラー(魚)・マン(脂ののった)」ということわざである。「新米と脂がのった魚」というのが直訳で、「女房と畳は新しいほうがいい」「新婚ホヤホヤ」といった意味だ。
ついでに紹介すると、「カーオ(飯)・ブート(腐る)・プラーラー(塩辛)」ということわざがある。「飯が腐って塩辛の臭さ」が直訳で、倦怠期を迎えた夫婦を指す。


ジャポニカ種からインディカ種へ移行した謎
 タイのアユタヤ期(1351年〜1767年)の日干しレンガや焼成レンガが、寺院などに大量に残っているのだが、そのレンガを調べてみると、古い時代のものは、レンガの中にジャポニカ種とインディカ種が混ざっており、レンガが新しくなるとジャポニカ種が消えて、インディカ種になってくる。つまり、タイで食べられるコメは、もともとはジャポニカ種が主流だったが、今はインディカ種に置き換わっているということだ。いったい何があったのか。また、インディカ種とジャポニカ種はどういう違いがあるのだろうか。
 農業的な観点からみて、例えば気温が高ければ栽培しやすいということはあるのだろうか。また、水の量などに関係するのか。それが気になって私は何年も調べてきたが、まったくわからない。佐藤洋一郎さんにお会いする機会があって教えを請うと、「ジャポニカ種からインディカ種に換わった理由は、謎なんです。誰にもわかりません」と、即座におっしゃる。インディカ種とジャポニカ種。成分としての違いはもちろんあるが、農業的違いはまったくないということだ。インディカ種は北海道でも育つ。ジャポニカ種は熱帯でも育つ。だから、気候が寒いから、暑いから、ということはいえない。インディカ種は、日本でもビール会社が栽培している。タイではコシヒカリを日本人用に栽培しており、インドネシアでも同様だから、熱帯でジャポニカ種が栽培できる。しかし、なぜタイ人はインディカ種を選んだのだろうか。
 そこで、もしかするとパラパラのコメを好んだのかもしれない、という仮説を立ててみた。ある時、タイ人の住宅事情に関してインタビューする機会があり、お宅で炊きたてご飯の食事をごちそうになったことがあった。私のような貧乏旅行者はなかなか新米の炊きたてを食べる機会はないが、この時は日本のコメみたいにおいしかった。長粒種なのは見てわかるので、このコメの氏素性を確かめると、「新米のカーオ・ホーム・マリですよ」という。香り米だ。香り米は今まで何回も食べていたはずだが、新米の炊きたては初めてだった。ふっくらとしていて粘りもある。となると、タイ人はパラパラのコメがあえて好きなわけではない、という気がしてくる。
 それならば、コメの炊き方からインディカ種が選ばれたのかもしれない、という仮説を立ててみた。インディカのほうが、ジャポニカよりも粘り気は少なく、パラパラした感じに炊きあがる。タイの伝統的なコメの炊き方は、スパゲティをゆでるように、シンが少し残るアルデンテの状態で、フタを少しずらしてお湯を全部捨て、フタをして蒸し焼きにする。これを、湯取り法という。こうやって炊くとよりパラパラになる。ただし、現代のタイでは、湯取り法は伝統文化みたいなもので、いまでは、たいていの家では電気釜(日本の40─50年ぐらい前の炊飯器。圧力式ではない。保温機能なし。内釜に樹脂加工なし)を使っている。薪が自由に手に入るような農山村で湯取り法をしているだけで、都会ではほとんどみられない。従って、パラパラなご飯が好きだから、インディカを選び、湯取り法で炊くという説も、少し違うようだ。
 嗜好が変わったのか、もともと違ったのかはよくわからないが、ただ一つ言えるのは、パラパラにすると腐る度合いが少ないということだ。パラパラのコメはちょっと臭くなっても洗って食べることができる。
 さて、このように考えると、パラパラのほうが腐りにくいのは事実だろうが、現在は冷蔵庫があるし、保存についてはあまり気にしなくてもよいのではないか。とすると、実はタイ人もふっくらしたご飯のほうが好きなのではないか。好きであのパラパラでパサパサのコメを食べている、というのはどうも違うんじゃないかという気がしてくる。だから、なぜジャポニカからインディカに変わったのかがわからないのだ。


実はタイ人もふっくらしたコメが好き?
 かつて日本人は、初めてインディカ米を食べて、どういう感想を持ったのだろうか。共同通信の記者でNHKに出向した大屋久寿雄が書いた『仏印進駐記』(興亜書房、1941)に、こういう文章がある。現代語の表記に変えて、引用する。
 「日本では皆、外米と言って顔をしかめる。サイゴン米というと、『まずい』ことの代名詞となっている。それはサイゴン米やトンキン米が、日本米に比して、脂肪分に欠けているためであろうか、よく乾燥した内地米と仏印米を分析した表をみると、脂肪分に於いて内地米が仏印米よりも五〜六倍多く、鉱物質も四〜五倍多いようだが、澱粉は仏印米の方が多く、その他は大体変わらない。それだのに、どうしてまずいのだろう。
 仏印にいる日本人は、トンキン米にしろ、サイゴン米にしろ、一番安いのを好んで食べている。
 仏印のコメは「匂い米」と言って、炊きたての温かい飯はへんにクンと匂いがする。この匂いを日本人は大変嫌うのだ。
 私も最初の程は、この匂いをあまり好きではなかったが、食べているうちに嫌いではなくなった。この匂いさえ辛抱できれば、粘りこそ少ないが、甘味もほどほどに、仏印米は相当にうまいコメである。
 だが、この匂いが好きになれない日本人たちは、匂いの全然ない、一番悪いコメを食うのである。匂いの高い程、仏印ではよいコメとされているから、日本人が食っているコメは、仏本国などに送られて、鶏の飼料にされているような下等米である」
 つまり、匂いの強いコメというのは、おそらくふっくらのコメで、日本人が買っているボソボソのコメは、ベトナム人はまずいと思っているようだ。この嗜好は、タイ人も同じだろう。
 タイ人は寒天で固めたようなお菓子の、ネチョッとした食感が好きだ。タイ人も日本人も、トーストは、イギリス人が好きなカリッ、サクッとしたトーストではなくて、表面さえもふにゃっとしたのがいい。ならばコメも、もともとは湯取り法で炊いていたものの、タイ人が本当に好きなのはもっと粘りのあるコメではないか、という気がする。普段、ウルチ米を常食している地域でも、モチ米を使った菓子はよく食べられている。やはり、粘りが好きなのだ。
 ただし、タイの食文化で問題になるのは、中国系の人たちの影響を考慮しないといけないことだ。というのは、食べ物屋の経営者は中国系が多い。食べ物屋に限らず、ありとあらゆる産業は、中国系タイ人が関係している。したがって、お金を持っているのも中国系が多い。とすると、高級タイ料理屋の客は中国系タイ人と外国人ということになる。うまいと評判の店や何年も続いている店は、中国系が自分たちの好みに合わせて作ったものだ。中国系の人たちが、パラパラ、ぼそぼその食感が特に好きだとは思えない。タイ人の現在の食の好みというのは、かなり中国人の嗜好に左右されているともいえるわけで、とすると、ふっくらとしたコメが好きという嗜好は、タイ人自身のものなのか、あるいは中国系の人に影響されたものか、実はよくわからないのである。


香り米
 日本語で「タイの香り米」と呼ぶコメは、英語ではジャスミン・ライス、タイではカーオ(コメ)・ホーム(香る)・マリ(ジャスミン)という。これは香りのあるコメの総称である。その中にさまざまなブランド品種がある。一番有名なブランドが、カーオ・ドーク・マリ105だ。カタカナで書くと、コメも白も両方とも「カーオ」になってしまうが、カーオ・ドーク・マリ105の場合の「カーオ」はコメではなくて、白のこと。カーオ(白)・ドーク(花)・マリ(ジャスミン)つまり、「ジャスミンの白い花」というブランド名である。なお、105という数字は、偶数と奇数でウルチとモチを区別していて、奇数はウルチ米を、偶数はモチ米を表している。
 タイ人の大学教授がコメについて書いた論文に、品種名としてカーオ・ホーム・マリと書くことがあるが、品種名というのは間違いだと思う。品種名と総称がごちゃごちゃしてわかりにくい。佐藤さんもタイ人の学者にメールで問い合わせて聞いたが、よくわからないという。結局、私の中ではカーオ・ホーム・マリが総称で、品種名にカーオ・ドーク・マリ105、ホーム・スパンブリー、クロン・ルアン1などがあると、とりあえず理解している。
 香り米を英語でジャスミン・ライスと呼ぶのは、タイ人の好きな香りがジャスミンだからかもしれない。
 香り米の歴史は、詳しくはわからない。ただ、カーオ・ドーク・マリは1960年代にコーネル大学の教授とタイ国農業省が共同で品種改良して作ったものである。他のコメの2倍の値段で売れるため、外貨を稼いでいるコメだ。ヨーロッパにも輸出しており、西洋人もこのコメの香りや味を好んでいる。
 タイではコメが炊きあがる時の香りが好ましいため、あえてほかのものにもその香りをつけようとする。バイ・トゥーイ(ニオイアダンの葉)を使って鶏肉を包んで揚げたり、アイスクリームにその香りをつけるということをするくらいだ。
私は炊きたてのコメの香りのするアイスクリームって、どこがおいしいのだろうと思う。1993年のタイ米騒動で、日本人はタイ米のあの「匂い」が、どうにも我慢ならないことがわかった。私の想像どおりだった。
ところが、つい最近、タイ米を炊いてないのに、タイの香り米を我が家で感じた。枝豆の匂いだ。最近「茶豆」などの表示で販売されている枝豆は、生であれ冷凍であれ、香り米にそっくりな匂いがする。近所のスーパーでは、生も冷凍品も、この茶豆系統の、強い香りのある枝豆が多く売られ、従来の、あまり匂いが強くない枝豆は、劣勢に立っている。あれほど「タイ米は臭い」と嫌っていた日本人が、なぜ匂う枝豆が好きなのか、わからない。


タイ料理に合うタイ米、日本料理に合う日本米
 ところで、私はある時まで、タイのコメが臭いとは全く思ったことがなかった。「臭い」という語に問題があるなら、「匂い」でも「香り」でもいい。とにかく、コメに特別なにおいを感じなかったのだ。
 初めてタイを訪れたのは1973年で、それからほぼ毎年タイで過ごし、20年以上経って、初めて「あっ、臭い」と感じた。安い日本料理店で刺身定食を食べた時のことだ。ご飯と刺身、漬物、味噌汁の定食だったが、ご飯が臭くて食べられない。タイ料理には大量のハーブ、スパイスが入っており、それをご飯の上にかけて食べるから、それまでは全くにおいを感じなかった。刺身や焼き魚、日本料理と一緒に食べると明らかににおうし、料理に合わない。こんなに臭いコメを食べていたのかと驚いた。タイに初めて来てから20年、その間一度も日本料理を食べていないから、日本料理をタイのコメで食べるという食事体験がなかったから、気がつかなかったのだ。タイ料理を食べている限りは、コメのにおいはまったくわからない。
 タイのモチ米の品種はわからないが、ウルチ米の場合は、香るか香らないかが選択の基準になっており、あえて香りのない方を選ぶことはほとんどない。金さえあれば、カーオ・ホーム・マリを買いたいというタイ人は多い。日本人ならば、さしずめコシヒカリ、ということになるのだろう。タイで栽培されるコシヒカリは、タイ人の説明によると、たまたま日本から輸入した中古の農機具にコシヒカリの米粒があったから栽培したものだという。タイのコシヒカリはすごく高い。安い日本料理屋ではタイ米を使うから、刺身をタイ米で食べるとおいしくないが、寿司屋となると、タイで作っている高いコシヒカリを使うから、日本とほとんど変わりはない。タイ産日本米の顧客は、タイ在住日本人と、高価な日本料理店だ。


コメの調理法
 もともとの炊き方が湯取り法だったため、炊き込みご飯ができない。例外的にピラフはある。おそらくイスラム教徒がタイに伝えたのだと思う。鶏肉をいれてターメリックで色をつけて炊いた料理で、「カーオ・モック・カイ」(直訳は、鶏肉を埋めた飯)という。現在のように電気釜が使えるようになっても、日本人がよくやるような炊き込みご飯などは基本的に作らない。色を付けたりもしない。インドネシアでは黄色いご飯があるが、タイでご飯を加工するというのは、菓子以外では聞いたことがない。
 コメの調理法のバリエーションで、ご飯以外となると、粥だ。タイでは、具材が入らない粥と、具を後から入れるものの2系統に分かれる。具材を一緒にコトコトと煮るということはない。粥は中国の食べ物で、コメをトロトロに煮た中に具をいれる粥は、中国語名のまま「チョーク」という。米粒の形がちゃんと残っているものは、「カーオ・トム」(直訳は、煮たコメ)といい、これには具材は入らない。
 その他コメは、麺類に加工したり、コメの粉でニラギョウザのようなものを作る。お菓子にも小麦粉はあまり使わず、コメの粉をよく使う。


コメと健康
 さて、そういったタイのコメだが、最近では健康志向から玄米や十穀米など、雑穀入りのコメが売られるようになった。タイ人の健康志向がどこから来るかというと、一つは中国系の健康法(香港、台湾、中国から)であり、もう一つはアメリカから直接入ってくるもの。インテリ層のアメリカ留学は日本よりはるかに多いので、アメリカの情報が直接入ってくるのだが、この影響力は大きい。ジョギングやジャズダンスなども暑いのによくやるなと思うが、大変流行っている。


コメの値段
 コメの値段については資料に書いたとおりで、一番右の数字が1キロ当たりの値段だ。安いコメは、屑米が何パーセントか混ざっているため安い。ほとんどが「カーオ・ホーム・マリ」と書いてあるが、スーパーマーケットで売っているということは、高いコメということだ。10キロのコメを担いで帰るわけはないし、配達なんてしてくれないし、車で買いに来た人向けのカタログとみてほしい。それができない貧乏人は、家の近所の雑貨屋か市場で500グラムとか1キロとか、その日の分だけを買う。結果的に高くなるが、金は一度には払えないから、少しずつ買うのだ。バンコクでは市場がどんどん減っており、スーパーマーケットか雑貨屋や、近年急激に店舗数を増やしているコンビニで買うことになる。
 ザ・モールの日本米になると、いかに高いかがわかる。しかし高いといっても1キロ66バーツ(約185円)で、日本から輸入しているわけではないからそれほどは高くない。タイは、コメは安いし、ほかの食べ物も安い。


味、香りの刺激を好む
 タイ人の好みの中で重要な言葉は「ホーム」、つまり香りだ。「におい」という言葉は2つに分かれていて、「香る」という意味を「ホーム」といい、「臭い」という意味を「メン」という。どう違うのか。例えば、私はパクチー(香菜、コリアンダー)が嫌いなので、食事中、これを皿の脇によけていると、向かいの席に座っている男が「なぜ食べないのか?」と聞いてきたことがあった。私は、「メン」と答えると「そのタイ語は使い方を間違っている。パクチーに対しては『ホーム』を使え」というのだ。単に嫌いというのであれば理解してもらえたのだろうが、臭いからという理由は理解してもらえなかった。
 「ホーム」は、彼らが料理全般やその他の香りに対して強く求めている要素だ。コリアンダーやミントなどニオイの強いハーブ類をたくさん使う。タイ人でこれらのハーブを嫌いな人はまずいない。「入れないでね」と言っても入っていることがある。入れないということが考えられないのだ。
 タイ人は、日本料理を「チュート」、つまり味気ない、味がない、味の深みがない、と表現する。料理でいうとポタージュに対してコンソメのような感じだろうか。塩味がついていないということでなくて、辛みも甘味も香りもなにもない平板な味ということらしい。日本料理は、いわば「不許葷酒入山門」的であるが、タイ料理はその対極にあり、香り高いことが至上である。魚醤や唐辛子と、各種ハーブを大量に入れる料理を好んでいる人たちにとっては、日本料理は物足りないのだ。
 タイでは珍しく、あっさりとした汁もある。豆腐のすまし汁(豚骨ダシに豆腐を入れた塩汁)は、その名を「ケーン・チュート」(すまし汁)という。タイ人が求めているのは味の刺激と香りの刺激なのだ。それが両方ないと満足できない。だから、このケーン・チュートという料理がかなり例外的な料理であるが、ごくありふれた料理でもある。もちろん、中国起源の料理だ。
 私の味覚もかなりタイ化しているので、ベトナム料理はあまりおいしくないなと感じる。美しい料理だし、それなりにちゃんとしているのだが、刺激が足りないのだ。ワサビなしで刺身を食べているような、物足りなさを感じるのである。「もう少し辛いか甘いか、態度をはっきりしろ!」、「もっと個を主張しろ!」と毒づいてしまうのだ。

 また、タイ人は、ジャスミンが大変好きだ。例えば「カーオ・チェー」という料理がある。炊いて冷ましたご飯を水洗いして一度乾かしてから、椀に盛る。そこに、ジャスミンの花と氷を浮かべた冷水を注いだ食べ物だ。4〜5月の、気温が40度くらいにもなる暑い時期に食べる。おかずには甘辛く煮た佃煮のようなものが何品か添えられる。かつては大変ぜいたくな料理で、昔は氷をシンガポールから輸入して、王侯貴族が食べたという時代があった。今は4〜5月になると、食べ物屋に「カーオ・チェーあります」という看板が出るくらいだ。器の中にジャスミンの花が浮いていて、いかにも優雅な感じがするが、正直に言って、とりわけ特徴的な香りがあるわけでもなく、私にはジャスミンの香りというのが、よくわからない。それはともかく、タイ人はジャスミンが好きで、花輪にして飾ったり、仏様に供えたりして花を愛でる。


外来の食文化
 東アジアや東南アジア各国では、日本の文化がコンビニを通じて入り、そこから広がっているのがとても興味深い。例えばセブンイレブン、ローソンがタイにはたくさんできており、おでん、海苔巻き、お弁当が売れている。
 今まで弁当を売っているという状況がなかった世界で、海苔巻き(中身はカニかまと卵焼きが多い)が出ている。バンコクでは、カートを引いた路上の寿司屋(パック入り)もある。そんなふうに路上で安く寿司を売っているから、昼ご飯に寿司を食べているというのは珍しくない。さすがに生ものはないが、タイ人たちは今まで食べたことのないコメ料理を食べている。ただし、酢飯(寿司飯)はなかなか受け付けないようだ。酸っぱいご飯は腐っているという意識があり、酢飯を平気で食べられる人は日本に留学していたとか、配偶者が日本人とか、日系企業で働いていたといった下地がなければ難しい。
 上海などでもコンビニが増えたせいで、日本式の弁当を売っている。テレビのある番組で、コンビニの運営会社の日本人駐在員は、「中国人が冷たいご飯を食べないなんて誰が言った。学者は中国で弁当なんて売れないなどと言ったが、ちゃんと売れている」と語っていた。弁当を中国人が買って、冷たいまま食べている。かつての中国人はけっして食べなかった弁当を、現在の中国人がコンビニで買って飯を食べるという状況がある。新しい食文化は、コンビニから広がっていく。
 韓国のコンビニにも、弁当やおにぎりがある。
 最近、驚くのは、茶の文化の流入だ。もともとタイ人は茶を飲まず、基本的に会社を訪れても家庭を訪問しても、冷たい水でもてなしていたのだが、いきなりペットボトルの緑茶がドッと流通した。このほとんどが甘い。砂糖の入ってない商品が一つだけあったため、タイを訪れた知り合いの日本人にはこれを勧めていたが、まもなく市場から姿を消した。甘い茶でないと売れないのだ。
 もう一つ、中国の例だが、上海でウーロン茶を広めたのはサントリーだ。上海の人にとって、ウーロン茶は福建省のものだから知らないお茶だ。ウーロン茶ということ自体がすごいし、缶入り茶というのも、冷たいお茶というのもカルチャーショックで、それが流行った。今はペットボトルになった。こんなふうに形を変えて日本が外来の食文化として、外国へ広がっていく。
 そうそう、イタリアにも、ペットボトル入りの甘い緑茶があるそうで、新しい茶の研究が待ち遠しい。『カニカマとペットボトルの緑茶』という学術論文はおもしろそうだ。


[質疑応答&総合討論]


タイ米に関するいろいろ
岩室 コンビニの弁当やおにぎりには、ジャポニカ米が使われているのか?
前川 インディカのウルチ米に、粘りを出すためモチ米を混ぜているのではないか。高い料理屋に行くとコシヒカリを使うが、コンビニでは採算上、使わない。
高田 1993年にタイから輸入したタイ米がずいぶんたくさん捨てられた。あれは確かに、においがすごかった。もっとも、ぼく自身は嫌いじゃないですが……。
前川 あのコメはにおいがすごくてパサパサでした。あのころ、消費者協会などに招かれ、どうすればタイ米を日本のコメのようにおいしく炊けるかとよく聞かれた。「タイ米はカレーをかけるか炒飯にする方法ならば食べられるというけれど、毎日カレーを食べるわけにもいかないし、なんとかおいしく食べる方法を教えてください」という質問が多かったが、「違うコメだから無理ですよ」というしかなかった。
栗田 昔は日本のコメもずいぶん香りというか、においがあった。民博のはじめの頃の『民博通信』に、和歌山県でネズミの小便のにおいのするコメがあって、綿々とキープしていたが、最近なくなりつつある、という記録があった。香り米というのは日本でもあることはあったのだ。
疋田 ネズミの小便というのは、香りはあったが、その香りは好まれていなかったという意味ですね。
栗田 日本人が外米をきらいになったもう一つの理由として、タイ米を輸入するときの麻袋に使われたアマニ油のにおいが、コメに移って外米のニオイが固定されてしまった、という話を聞いたのだが、そういうことはありうるのか。
前川 ヨーロッパへの輸出も普通に麻袋を使っているから、日本だけが例外とは思えない。つまり、香りというか、臭みがついているコメが、日本では受け入れられなかったということだろう。
 現在の香り米でも日本料理には合わない。私の好みは、平均的日本人の好みからややズレていると思うが、その私でさえ合わないと思う。タイ米の匂いを気にせずにおいしく食べるには、ピラフや炒飯にするか、カレーをかけてしまうかしかない。カツ丼、牛丼は、まだなんとかいけるかもしれない。普通に日本のおかずで食べるというのは無理だろう。ご飯だけを口に入れて食事するというのは、東南アジアだ。他の国はだいたい混ぜてしまうのでなんとかなる。
 西洋でも、タイの香り米はかなり売れている。それは香りが好みに合うというよりも、スパイスや油脂を多く使う料理では、コメの香りなど感じないのでしょう。だから、西洋で香り米が売れているというのは、たんに食味が合っているということだろうと考えています。
栗田 ブータンには赤米があるのだが、色のついたコメというのはタイにあるのか。
前川 赤米も黒米もあります。どちらも品種的には同じで、インディカ種だ。モチ米が多いが、ウルチ米もある。日本の場合は、匂いがあるコメと赤米は排除されており、タイでも状況は同じだろうが、最近は健康志向が高まっているためスーパーで高い値段で売っていたりする。赤米はおいしいものだから、私はタイから日本に帰るたびに2kg、5kgと買って帰るが、ほんの少しでも混ぜて炊くと全体が赤くなる。ただし、あまりたくさん入れると炊飯器に色がついてしまう。日本で買うとすごく高いので、タイ土産にどうぞ。
栗田 タイ人は1日にどのぐらいコメを食べるのか。
前川 古い資料ですが、1980年代は、国民ひとりあたり1年に150キロという数字がある。肉労働をする成人男子の場合はどうかと、タイでいろいろ聞きまわったら、市場のおばちゃんたちの話では、200キロくらいになるんじゃないかという。確か日本人が最も多くコメを食べていたのは、60年代初めで、120キロくらいだった。だから、肉体労働をする成人男子ということなら、1年に200キロという消費量も、ふしぎな数字ではない。
 旅行をしていると、食堂などで、その国の料理の一人前の量はどのくらいなのかと興味をもってみるのだが、ネパールやインドネシアなどはご飯を山盛りにしていっぱい食べるが、タイでは日本の茶碗一杯くらい。茶碗に一杯といってもパラパラの飯だし、お皿にふっと乗るくらい。おかわりをする人はほとんどいない。その代わり、のべつまくなしに食べる。一人前の量は本当に少ない。丼飯を食うような人はまず見ない。都会の外食ではそうだが、農山村の家庭ではどうかということはわからない。きっと、たらふく食べると思う。
栗田 ブータンなどは変な栄養学が入って、コメ1kgで必須アミノ酸が全部とれるといって、ものすごくコメを食べる。私のように茶碗一杯では「身体がもたない」と言われる。
前川 ブータンでは、どうやってコメを炊いているのか。赤米は映像でみたことがあるが、完全な白米もあるのか。
栗田 湯取り法だ。煮立てるとドロドロの水が上に浮いてくるので、それを捨ててパラパラにする。白いコメはあるが、基本的には洗わない。タイでは洗うというのは立派だなと思う。
前川 他のこともすべてそうだが、中国の影響をどこまで考えるかだ。タイ人は、もともとコメを洗っていたのか洗わなかったのかはわからない。中国人は洗うから、その中国人の影響が入ったのかもしれないが、いま一つわからないのだ。

中国の影響
前川 中国や日本を除けば、民族料理店の誕生は非常に遅い。外国人観光客が来るようになって、その国の民族料理店が生まれる。タイでも、タイ料理店ができたのは非常に新しい。タイで、タイ人を客とするタイ料理店ができたのは、1960年〜1970年代くらいではないか。それ以前も屋台はあったが、麺などの中国料理だ。あるいは、中国風大衆食堂のような店だ。
高田 それならば、1960年以前のタイの人々はすべて自分の家で料理を作っていたのですか。
前川 タイ料理に関しては、そうでしょう。ちょっとした金持ちの家には料理人がいますから。自分の家で食べられるものを、なぜ外で金を出して食べなければならないのかという考え方だ。もし外食するなら、中国料理でしょうね。中国人は外食が好きだから、中国人が自分たちのために外食産業を手がける。
 1920年代のタイに関する日本語のガイドブックをみると「タイ料理を食べたかったら、タイ人の家に行くしかない」と書いてある。それが、1960年のベトナム戦争の頃、観光客が行くようになって外国人向けのタイ料理店ができる。古典舞踊を見せながら、「タイ料理」と称する、「目黒のサンマ」のようなまったく臭みのない料理を出すレストランシアターが登場する。金を持っているのは中国系であり、中国人は辛いものが苦手で、くさいものもダメだから、外国人観光客の好みと一致する。そういう料理を出すと、それがタイ料理店としてはやる。そうこうしているうちに外食文化が成熟し、次第にタイ人の中間層が誕生して、普通のタイ人が普通に食べに来るようなタイ料理店が増え、1980年代くらいからタイ料理の大衆化は始まる。

湯取り法、炊く、蒸す
岩室 モチ米を普通に食べている地域では、茶碗で食べるのか。
前川 飯カゴか大皿に盛って、みんなで手づかみで食べる。
 東南アジアでは炒飯はもっともポピュラーな米料理だと紹介されたりするが、中国系の入っている部分だけを見て言っているのだ。モチ米は炒めないから、モチ米の地域には炒飯がない。それに以前に、中華鍋がなかった。中華鍋は都会だけのものだ。農村部まで中華鍋が入ってくるのは1970年〜80年代以降だと思う。
 ちなみに、基本的に、モチ米地域でもウルチ米地域でも、栽培した野菜はまず食べていない。コメは肥料をやらなくてもできるが、肥料をやらないと野菜や果物はできない。野菜など栽培しなくても、林や河辺に、いくらでも山野草が生えている。例えば、川辺には空心菜(ヒルガオ科)があるから、それがおかずになる。空心菜を生か茹でて、エビを発酵させた味噌にニンニク、唐辛子を入れたものをつけて食べる。魚があれば魚を焼くが、空心菜だけしかないとなるとみんなで唐辛子味噌をちょっと付けて食べる、という形の食生活だ。
高田 中華鍋の話が出たが、煮炊きは鍋がなければできない。蒸すのは、湯を湧かす器は必要だが、そのほか必要なのは蒸し器だから、蒸すほうが、炊くよりも装置としては楽ということなのか。
前川 蒸すのも炊くのも、同じようなものだと思う。湯取り法は、水加減はいらないが、大量の水を湧かすので燃料費はかかる。炊き干し法にしたほうが、水は少なくて燃料費はかからない、ということだ。
栗田 ポリネシアは結局、鍋はなかったわけだろう。だから蒸し料理しか発達しなかった。鍋のない文化というのはありうるわけだ。
前川 竹筒飯はあるが、タイの竹筒飯は、ほとんどモチ米で砂糖が入っていてココナッツミルク入れて、というお菓子だから、これを日常的に食事として食べていたとは考えられない。楽しみで食べていたのだろう。これは、いわばモチ米の炊き干し法だ。
岩室 タイ人も粘りのあるコメが好きなのではないか、ということだが、ジャポニカ米の栽培量が増えるとか、インディカ米を品種改良するといった傾向はあるのか。ジャポニカ米の復活はしづらいのか。農業的な条件が一緒であれば、そちらに置き換わるということは、ありうるのではないか。
前川 「カーオ・ホーム・マリ」が高い値段でもどんどん売れているのは、ほかほかほっこりしたコメに人気がある、という方向にいっているからだと思う。しかし、それ以上はわからない。
岩室 香りがセットになっているというのが理由か。
前川 どちらも重要で、どちらに重点があるのかはわからない。もともとなかったところに新種が入ってくることはあっても、ジャポニカ種からインディカ種へと、ドラスティックに変化した国というのはタイ以外にないのではないか。
栗田 湯取り法がなくなったのは炊飯器のせいだろうと思うが、世界中、かなりの山奥でも電気炊飯器を使っている。
前川 炊飯だけのタイプの電気釜は安い。もはや中国製で数千円というくらい安いのがあると、電気さえあればやはり楽だ。タイ料理の食材を扱っているウエブの通販サイトでもちゃんと電気釜を売っている。ちなみに、電気鍋も人気だ。ホットプレートが鍋になったようなもので、これと電気釜があれば、料理をするために、まずに火をおこすというこれまでの作業工程がすべて省略できる。スイッチを入れるだけで加熱開始だから、手軽だ。

タイ人の味覚──辛い、酸っぱい、甘い
岩室 都内のタイ料理屋の料理は、辛い、酸っぱい、甘い、の味が同居しているから、タイ人は酢飯が苦手と聞くとちょっと違和感があるが、どういうことなのだろうか。
前川 確かに、タイ人は酸味が大好きだ。ライムをたくさん絞って使う。タイ人が好む酸っぱさは柑橘系とタマリンドの2種類で、酢はほとんど使わない。酢を使うのは中国人だ。
 ところで、タイ料理の本には必ず「タイ料理は酸っぱくて、甘くて、辛い」と書いてあるが、それは間違いだ。確かにそういう料理もあるが、中国系タイ料理は唐辛子が入っていないので辛くはない。タイ料理のルーツを考えると、伝統的なタイ料理と中国系タイ料理があることがわかる。違いは、ショウガや粉末のコショーを使うのが中国系タイ料理で、伝統的なタイ料理では粉末コショーをあまり使わない。生の粒コショーも、「よく使う」というほどではない。
 つまり、タイ人は酸味が嫌いなのではなくて、コメの酸っぱいのは腐っている感じがして嫌なのだ。ただし、それもいつまで続くかは疑問だ。ファストフードで一番多いのがKFCだと思うが、2番目が金沢のラーメン屋で100店舗くらいあって、それ以外のラーメンチェーン店もあって、その次にマクドナルドだろう。日本の大衆飯屋もすでにあるし、今後、日本の料理店がいっぱいできて、本格的な寿司ブームになったら、寿司飯も食べるようになるだろう。
高田 日本でも、高度成長期には先進国のものは入ってきた。しかし他方、途上国のものはあまり入ってこなかった。アメリカ、フランスの料理は入ってきたが、タイ料理は入ってこなかった。ところが、高度成長期が終わると、タイやベトナムの料理を取り入れるようになる。タイの場合も、中国、日本、アメリカのものは入ってくる。しかし、それ以外の料理はどうなのか。東南アジアとひとくくりにされるが、どの国から取り入れるかはずいぶん違うのではないか。タイにラオス料理屋などはあるのか。
前川 ラオス料理屋はないが、東北タイの料理はほとんどラオス料理です。ベトナム料理屋はあるが、タイ人はあまり行かないようです。
高田 自分たちより「上の国」や「下の国」といった考え方はあるのだろうか。
前川 あると思う。80年代に、ワールドミュージックもそうだが、価値観の転換がさまざまな分野でおこってきた。西洋だけが世界じゃないだろう、という動きが西洋から始まって、エスニックがキーワードになる。タイ料理もその一つだ。タイ人から見ると、西洋料理や日本料理はよく食べるようになったが、タイ国内にも多く住むインド系住民の料理にはほとんど興味を示さない。
 日本のタイ料理店は、1980年代の前半には5軒くらいで、東京にしかなかったはずだ。今は300軒あるか、500軒あるかわからないくらい多い。80年代後半に一気に増えたのだ。私はそれ以前に何十年もタイ料理を食べているから、このブームは一時的なものだろうと思っていたが、いまだに終わらない。
高田 今しがた「上の国」「下の国」という話題を提供したが、80年代の終わりに紹介された「カンニバルツアー」という映画は、そういう問題を非常に象徴的に物語っていた。パプアニューギニアに観光に来る欧米人を揶揄ししながらオーストラリア人の監督が制作した映画だ。この映画が紹介されるまでは、ヨーロッパから来た連中が、「30年前までこいつら人食いやってたんや」というスタンスで現地の人々の映像を撮っていたのが、この映画は、それを逆転して、ヨーロッパから来た観光客を揶揄的に扱ったから……。そういう時代が来たということだろう。
前川 観光客が帰ったあとで化粧を落として、無線で「次の観光客は何時に来る?」っていう映画だね。
栗田 ある統計では、唐辛子を食べる量はタイ人が一番で8.5g。2位がインド人と書いてある。それだけ食べているのか。
前川 唐辛子は種類によって辛さが違うので、グラムでいうことの意味はほとんどない。重さから言えば、キムチがあるので韓国人が一番かもしれない。ハンガリーも消費量が多いが、パプリカだから全然辛くない。統計は乾燥唐辛子を指すことが多いが、タイ人は粉トウガラシよりも、生トウガラシを料理することが多いため、統計には表れにくい。
 「メキシコも辛いけど、タイの辛い料理が世界で一番辛いんじゃないか」という話をよく聞くが、比べようがないのでわからない。私は何十年もタイで食べていて、バンコクの中国系タイ人よりもはるかに辛いものが好きだから、おばさんが心配して「辛いの食べられる?」と聞くが、「大丈夫、大丈夫。普通にして」という。
高田 イサーン(タイ東北部)はどうですか。
前川 イサーンの家庭に居候したことがある。「辛いもの食べられる?」と聞かれたので、当たり前という顔をしたら、招待してくれた人は「僕は辛いものが食べられなくてさ」という。で、その家の料理をひと口食べて、飛び上がった。唇が腫れ上がるくらい辛い。バンコクの店の料理というのは金持ちの中国人のレベルに合わせているから、それほど辛くない。家庭料理は恐ろしい。
 タイで辛いものを食べるのは労働者、貧乏人であり、金がないから辛いものでご飯をいっぱい食べるという発想があるから、辛いものが食べられないというのがステータスシンボルになっている部分もある。辛い料理は健康に悪いというとらえ方もある。韓国でも小学生のきらいなものの一位はキムチだった。
栗田 唐辛子が入ってきたのが15世紀ぐらいだろう。それ以前のタイ人は何を食べていたのか。
前川 辛いものではコショーだろう。
栗田 山椒はなかったのか。
前川 今は全く見かけないが、あったかもしれない。ほとんどの人はトウガラシがはいる前はコショーがあったという。ただし、そんなに大量にコショーを食べていたとも考えられない。
栗田 四川とブータンあたりまでは明らかに山椒だったと言ってよいと思う。
前川 タイ族は雲南から下ってきたので、山椒と一緒に下ってきた可能性はある。

豚の生肉
高田 苦いもので思い出したのは周達生さんの話です。「便汁菜」という、糞便の臭いがして、猛烈に苦いらしい。牛の腸の内容物をワラでしぼって生焼けの肉にかけて食う。トン族の話だったと思う。
前川 僕はケニアで食べたが、普通の肉料理だと思ったら胆汁の苦みがすごい。タイに便汁菜があるかどうか知らないが、ラオスにはある。ラオスとタイは田舎のほうでは文化が似ているから、タイの田舎の家庭ではあるかもしれない。
 それよりも、日本人がびっくりするのは豚の生き血をかけることだ。生の豚の肉をミンチにして豚の生血をかけてトウガラシとニンニクなどを入れて、生のまま食べる。
高田 ドイツには豚のタルタルステーキMettがあるが、タイで生の肉を食べて大丈夫なのか。
前川 僕が居候した家庭では食べていて、僕を案内した中国人は食べなかった。僕は一口だけでやめておいた。村の人はみんな食べている。
白幡 ドイツでは普通に食っているね。旅行者でも食べられる。そんなにつらいことはない。
高田 すごくきれいに飼ってるのでしょうね。それに、生き血ははいってないのでしょう。
白幡 生の血のソーセージがあるぐらいだから、つぶしたときは血を混ぜて食べていると思う。
前川 生肉に新鮮な血を混ぜて、そのまま食べるんですか?
白幡 ブルートヴルストBlutwurstという料理だ。

コメの買い方・売り方
白幡 今日の本題に戻るが、ここにある価格調査はスーパーの袋入りだよね。見栄で高いのを買っているのだろうか。
前川 見栄かどうかはわからないが、最近はカーオ・ホン・マリが絶対条件だ。
白幡 日本では、昔ならば、コメは米屋で買ったり、家に配達してもらったが、銘柄なんてないような、その米屋さんのブレンド米だった。袋入りのカーオ・ホン・マリはどんな層が買うのか。この袋の一つ一つはかなり大きな流通を持っているのか。
前川 大きな流通を持っているものもある。資料はタイの日本語雑誌に載っているコメのリストだが、読者が日本人なので、コメに関する知識を伝えるという面と、実際に買うガイドとしての紙面作りだと思います。実際には日本人は日本米を買うため、こんなコメがあります、という紹介程度の意味しかないだろう。3枚目に、「癒し効果を狙った米」というのがあるが、緑色のパンダナスあたりは値段が高くて、買うのは金持ちだけだ。
白幡 最初に行かれたときに袋入りはあったか。
前川 なかったと思います。袋入りのコメが現れたのはここ20年くらいの話だ。
白幡 中国のスーパーだと、袋入りもあるが、だいたい品種の銘柄(こういう商品名ではなく)が書いてあって、1合とか3合とか量り売りしている。スーパーの中に量り売りコーナーはないのか。
前川 ないと思います。
白幡 日本でもスーパーでコメの種類はそれほど多くないのに、なぜ中国ではスーパーでこんなにコメの銘柄を扱っているのか不思議だった。北京と上海だったが、都会のせいかもしれない。黒いのも、緑のも、黄色いのもあった。同じようにコメを食べるのでも、いろいろな違いがあるものだ。
前川 そういえば、サイトでみられるレポートで「中国におけるコメの品質変化と流通動向」(九州大学大学院農学研究院)というのがある。市場と百貨店食品売り場とスーパーでの、袋売りと量り売りの写真がある。http://www.agr.kyushu-u.ac.jp/agr_08/ou/education/research/project_h18/maeda.pdf
高田 アメリカのスーパーでも5〜6種類……いや、もっと置いてあるところもある。値段が一番安いのはカルローズだったかな。一番高いのは田牧米ゴールド。値段は2倍くらい違う。
前川 ポルトガルの小さな町に行ってもスーパーにコメはある。そんなに量はなくて、1ポンドか2ポンドの小さな袋入りだが。
高田 栗田先生をディレクターにして、疋田さんたちが調査されたときも、ヨーロッパ(パリとロンドン)の家庭では、「コメは台所の必需品」というぐらいあったようですね。

米栽培北限の北上
栗田 タイはコメを二期作しているね。
前川 実は、中部を除けば、二期作はあまりやりたがらない。2回目は、肥料をいっぱい入れたりして、やはり品質が落ちるし、その間、季節労働をしたほうが稼げると考える人は多い。また、雨を待っているだけでは1回しか作れないため、灌漑をちゃんとやる必要がある。雨が多くて灌漑ができているところでは、大々的にトラクター入れて、肥料を入れて二期作をやっている。二期作分の収穫高は、全収量の2割強くらいでしょうか。
栗田 ネパール人などは、タイでは2回も3回も田植えができて天国みたいなところだと思っているが、味はどうなのかなぁと不思議だった。日本人はコメを北へ北へと北海道まで持ち上げていくが、寒いところで作るコメはうまいのだろうか。
前川 北海道の「きらら」なんて今ものすごく人気がある。コメのうまいと言われているところは、新潟もそうだがみんな寒いところだ。
高田 北海道のコメの人気が出てきたのは、いわゆる「温暖化」の影響もあるんではないか。
岩室 もともと北海道でできるコメはアミロース含有率が高くておいしくなかったのだが、それを品種改良で下げて北海道でもおいしいコメができるようになった。
藤本 伝説では、牛丼屋がきららを採用して、牛丼にはきららが向いている、とバーッと入れた。
前川 考えてみると、なぜ南のほうでコメの産地ってないのだろうかね。
高田 昔から、商品作物としてのコメの栽培に関しては、一定以上の広さの田圃がないと、経営的にペイしない。だから、コメしか作れない東日本では、田畑の統合が進んで地主小作制が定着した。しかし、菜種や綿花などの換金作物の栽培が容易に畿内では、3反ぐらいの土地があれば食べていける。そういう場所では地主小作制ではなくて、いわば「共和的な宮座」を中心にムラの運営を行なわれた。コメを作るより、はるかに大きな現金収入が得られたわけです。
白幡 コメの産地というのは量が穫れるという産地と、コメのブランドとして人気が出るという産地と両方あるのではないか。
藤本 麻井宇介さんのワインの話を読んでも、原産地では安物の荒っぽいワインしかできなくて、寒さに強いように品種改良して北へ北へと上げていき、糖度も上げて、芸術的にうまいワインは北限に近いものということになった、という。
前川 コメしか栽培できない地域が、有名産地になったということでしょうか。
白幡 コメもワインと同じかもしれない。糖度の低いものからワインの洗練されたものが生まれる。
藤本 麻井さんはそのあたりを上手に書いていた。本来、できないところで作るからうまくなると。

嗜好の変化・外からの影響
高田 タイの場合は、中国の影響が非常に強い。で、嗜好の違いを考えようとすれば、本来はどうだったか、今はどうか……そういう視点の違いによってとらえ方が違ってくるかもしれない。実際「微妙な嗜好」というと、思っている以上に大きく変化するという可能性もある。
前川 嗜好という点でいうと、本来、コメと魚、醤油の世界の人間は、乳製品が食べられない、といわれてきたけれど、今はタイでもピザが人気で、特に子どもは大好きだ。チーズバーガーも大好きだ。ただし、プロセスチーズであり、ナチュラルチーズには至っていないが、本来、乳製品を受け付けなかった人たちが、だんだんチーズやバターを食べるようになってきた。それがこの20年ぐらいのタイの大きな変化だ。ただし、牛乳は売っているが、ストロベリー味とかチョコレート味とかであって、牛乳そのものは売れない。無糖の牛乳を買っているのは外国人だけだ。
高田 マクドナルドの進出の影響が大きいのではないですか。
岩室 子どもたちはピザにいっぱい唐辛子を入れて食べるのか。
前川 そちらの方向には変化していない。ただし、面白いのは、カレーライスはあるが辛くない(韓国のカレーライスも辛くない)。外国の料理だと思っている限り、その料理を自分流にアレンジすることはないのだろう。もう少し時間が経たなければわからないが。日本人はスパゲティにタバスコをかけるといった日本化をやっているが、タイ人はまだそこまでは至っていない。「なんじゃこれは」という「なんちゃって日本料理」を探したが、みつからなかった。時間がたてば、タイ化した日本料理が現れると思いますがね。
 それよりもむしろ食べ方のほうが面白い。器に口をつけて食べるのは、日本と朝鮮、中国ぐらいで、特に、お椀に口をつけて汁を飲むのはほぼ日本だけといっていい。それで、タイの日本料理屋で定食が出るときタイ人はどうするか、というのをしばしば観察しています。客の行動の前に気づいたのは、店員は、店に入ってきたのがどこの国の人間かをみていることだ。僕が入るとそのままの定食が出てくる。タイ人が入ってくると、チリレンゲをつける。チリレンゲがないと味噌汁が飲めないからだ。ところが、タイ人の中でも丼や椀を手に持って食べる人がいる。配偶者が日本人か、日系企業に勤めているか、どちらかだろう。
 食べ方と何を注文して食べているかによって、日本人度というのがわかる。最初は焼きそば、天ぷらあたりからはいり、だいたい問題なく通過する。そのあとは寿司。高いせいもあるが、なかなかなじめない。刺身もやはり生魚ということで一段階ハードルが高い。その次に、きんぴらゴボウや和え物や納豆などは、何年か日本に住んだことがないと注文しないだろうというものを頼むようになってくる。そうなってくると、汁物は、チリレンゲなど使わずに、椀に口をつけて食べられるようになってくる。
 謎なのは、ラーメンが流行っていると先ほど言ったが、つけ麺も流行っていることだ。タイ人の一般的な食生活の中で、箸で麺をつかんで、つゆに浸けるということはない。浸けて食べるというのは四川の一部の麺を除いてまずない。絶対に流行らないだろうと思っていたら割に人気がある。このように、この10年ぐらいの食文化の変化は激しい。日本人風に食べるのが流行ってきたのかと思う。
(2010年6月5日)