明石大橋架橋をひかえる徳島県が、県下の歴史文化資源を再評価し、ルート化することによって、県内外の人々の歴史文化への理解を深めてもらい、同時に広域交流と地域の活性化を図ろうとする構想である。近畿圏の歴史街道や四国4県との連動も想定し、徳島県を外へ流れ出る力と、外から受け入れる流れをもつ「阿波歴史文化回廊」として位置づけ、その下に3つの回廊・30のテーマルート、4つのモデルルートを設定した。(1996年度)

徳島県による紹介ページ http://www1.ourtokushima.net/kairou/

 CDIが徳島県から、「阿波歴史文化回廊構想」についての相談を受けたのは、たしか、1996年の3月であった。

 明石海峡大橋ができるのが、1998年4月の予定であったので、それまでに、歴史・文化の目線で県内の資源を見直し、観光ルートとしてだけでなく、地域の結びつきを「回廊」として示したいというテーマが与えられた。

 CDIに声がかけられたのは、いくつかの要素があったと推察される。ひとつは、徳島県は関西2府7県の「関西広域連携協議会」には加盟しているが、関西圏で進められている「歴史回廊」構想の中では、古代・伊勢から近代・神戸に終わるメインルート上ではなく、「サブルート」のあつかいで、同じくサブルートの場所にある滋賀県の「近江歴史文化街道」構想をお手伝いしたCDIに、そのノウハウが求められたのであろう。また、林屋辰三郎先生ほか京都大学の歴史系の先生方と近しく、委員としての参画とそのコーディネート、個別にヒアリングすることによってその希望に応えることができた。さらに、徳島県では県によるシンクタンク的組織の設立を準備していた(1996年発足の「とくしま地域政策研究所」)が、それを待てるタイミングではなく、また組織立ち上げ時にはいっしょにプロジェクトを進めてスタッフのOJTにしてほしいということもあったのであろう。

 調査を始めてあらためて検討すると、徳島の歴史的に重要性に改めて気づかされることとなった。明治維新前後では、日本列島の大都市ベスト10にも入る規模であり、また、藍などの商品作物をとりあつかう関係で、先端的産業技術と資本主義的経済活動の拠点であった。江戸時代の視点で見ると、大型の船で行き来できる大阪・近畿圏との結びつきも、今日以上に太かった。たとえば大阪で「文楽」として成熟した人形浄瑠璃という芸術の様式の源、人形製作の拠点は、淡路・阿波であった。これを徳島から近畿へというベクトルと考えると、逆のベクトルとして、四国八十八箇所巡礼の基点となり、徳島県下全域に今も300以上の人形浄瑠璃専用の「舞台」が残されていることなど、近畿から徳島へエネルギーが流れ込んでいることがあげられる。また、剣山を頂点とする山間部には、平家の落人伝説など、平地や都市部の権力をはねのけて、異なる世界を創出するエネルギーを持つ「豊かな後背地」となっている。

 我々は、さっそくプロジェクトチームを作り、まず、様々な文献の検討や研究者へのヒアリングなどを積み重ねることによって、県内の歴史文化に関する遺跡、物語、芸能などを、ソフト・ハードに関わりなく広く「資源」としてとらえて、それらをすべてデータベースに入れ込んだ。(社内作業用に Mac. の「ハイパーカード」を使ってデータベースシステムを構築したが、それをデジタルで多様に活用することは、まだできる時代ではなかった。)次に、それらの要素をつなげ、県内外の人々にアピールするためのストーリーを抽出する必要があった。様々な要素のもつ歴史的な共通性をを結びつけてなんらかの「まとまり」を作り、それが「回廊」となるように編集しなければならない。最後に、委員会を2つ組織し、CDIで様々に検討した素案などを材料として実質的な知恵をぶつけ合う「検討委員会」と、それらをまとめたものを大所高所から見てオーソライズする「構想委員会」との2層構造で構想をまとめていった。

 徳島と近畿圏とは、歴史文化的に相互補完の関係を持っており、行き来するエネルギーが、鳴門の渦潮のように渦巻いている。その源を、豊かな自然の恵みを人間の技術力で活用する吉野川流域、海岸部と山間部の3つのゾーンにわけて、それぞれを「◯◯回廊」とよぶこととした。そのネーミング案として、われわれが当初考えていたのは、藍に代表される吉野川流域の豊かさを阿波踊りのリズムになぞらえて「ぞめき回廊」、お遍路さんのルートと重なる海岸部を「いやし回廊」、山間部にして歴史のエアーポケットとなる部分を「ソラの回廊」であった。

 戦国武将の動きや藍のビジネスに見られる通り、「ぞめき回廊」から淡路島や堺などを経由して近畿へ流れ込む歴史の大きな流れがある。逆に、「いやし回廊」には、近畿からの四国に巡礼者が流れ込んでくる。そのふたつに挟まれた「ソラの回廊」は、台風と同様、中心がエネルギーのバランスとして「空」となると同時に、時計回りの回転エネルギーを引き起こす源泉となっている、というイメージである。われわれは徳島県を、歴史・文化の視点から見た際に大きな流れをもった「コスモロジー(宇宙観)」であると見なしたのである。

 しかし、まだ「いやしの空間」といった言葉が一般的になる前であり、「いやし」は「卑しい」語感があるといって否定された。代案として、様々なコンセプトでこの3つのコスモロジーを表現するワードを検討したが、最終的には、藍の文化をフューチャーしつつ色によって3つに区分した「藍色回廊」「紺碧回廊」「緑色回廊」とした。これが、発表直後に、内田康夫による『藍色回廊殺人事件』のタイトルに使われることとなるとは考えてもいなかったが。

(20060515 槙田)

http://www.cdij.org/wiki/?ProjectFile%2F%B0%A4%C7%C8%CE%F2%BB%CB%CA%B8%B2%BD%B2%F3%CF%AD%B9%BD%C1%DB%A1%CE%C6%C1%C5%E7%B8%A9%A1%CF 株式会社 シィー・ディー・アイ

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Last-modified: Mon, 18 Dec 2017 15:00:39 JST (357d)