嗜好品文化研究会

嗜好品文化への招待
【1-1】味覚と嗜好──生活史から考える


 コーヒーや茶・紅茶、酒やたばこなどは一般に「嗜好品」と呼ばれます。一言でいえば「栄養摂取を目的とせず、香味や刺激を得るための飲食物」(『広辞苑』)のことです。
 むろん、アルコールを含む酒類には栄養がある。茶にはビタミンCや殺菌効果のあるカテキンが含まれています。コーヒーや紅茶にはカロリーのある砂糖を加えることが多いでしょう。それに、主として煙を吸うたばこは「飲食物」とはいいがたいかもしれません。
 しかし、これらを摂取する目的は「香味や刺激を得る」ことにあります。ふつう人がそれに「栄養摂取」という役割を期待したりはしません。そんな「嗜好品」や「嗜好品に類するもの」を、なぜ人は求め、どのように使用し、使用してきたのでしょうか。


 そこで最初に気づくのは、これら「嗜好品」には、それぞれの人ごとに「好き」と「嫌い」、別の言葉でいえば「嗜好」がはっきりしている場合が多いという点です。それを、まずは飲食物がもたらす「味覚」にそくして考えてみます。
 ここで「味覚」とは「口腔内にある舌という感覚器官の味覚細胞に触れた化学物質の刺激がもたらす情報を脳の味覚野で認知した結果、その主体が感知する感覚」であると考えておきます。それに対して「嗜好」とは「ある食物に対する好き嫌いを含めた主体の評価」だといえるでしょう。
 周知のように人間の味覚は、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味を区別します。舌には、それぞれの味の物質に対応して味覚情報を脳に伝える味覚細胞があるのです。
 これらに加えて、食物はじめ、さまざまな物体を口腔内に取り込んだとき、人間は(トウガラシの)辛み、油脂の味、渋みなども感知します。ただし、通常これらは味覚の範疇には含めません。これらの刺激に特異的に反応する味覚細胞が存在しないからです。
 しかし、嗜好という際には、これらの刺激が大きな役割を果たします。たとえばタイ料理や韓国料理が好きな人にとって、トウガラシの辛みは、なくてはならないものでしょう。
 くわえて人間の嗜好は、食物のテクスチャー、その香りなどとも強く関係しています。サラダ野菜のシャキシャキ感、香辛料やハーブ類の香りなどが、そうした関心に応えてくれます。
 しかも、現実の飲食場面では、食物を盛りつける食器、その場のインテリア、気温や湿度、音環境など、じつにさまざまな条件が人間の嗜好を左右します。それに、その人の体調によっても、味覚と嗜好のいずれもが変化します。


 そんなことを前提に、ここでは味覚と嗜好の異同と相互関係、それらを捉え直すための枠組みについて考えてみようと思います。その際の手がかりとして、ぼく自身の生活史をひもときながら、そこに関与した味覚と嗜好にかかわる体験を振り返ってみます。

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