嗜好品文化研究会

嗜好品文化への招待
【2-2】「嗜好品」は日本発の世界語「shikohin」になる


 ブルーマウンテンで長旅の疲れを癒してくれたコーヒーとたばこに、酒と茶・紅茶を含めた、いわゆる「四大嗜好品」は、さしあたり口から摂取されます。しかし、いずれも「生存にとっての必需品」であるとはいえないものばかりです。
 そこで、あらためて「嗜好品」の特質を、少し詳しく捉え直しておきましょう。すると、大体つぎの7項目に整理できるように思われます。

  1. 「通常の飲食物」ではない=栄養・エネルギー源としては期待しない。
  2. 「通常の薬」ではない=病気への効果は期待しない。
  3. 生命維持に「積極的な効果」はない。
  4. しかし「ないと寂しい感じ」がする。
  5. 摂取すると「精神(=心)に良い効果」がもたらされる。
  6.  しばしば人と人との出会いや意思疎通を円滑にするという効果を発揮する。
  7. 「植物素材」が使われる場合が多い。


 では、日本語以外の言葉では「嗜好品」を何と表現するのでしょうか。
 中国語の「嗜好」は、文字どおり「好き嫌い」という意味です。しかし中国語に「嗜好品」という単語は存在しません。それに対して韓国では「嗜好品」という単語が用いられます。ただし、それは日本語からの借用だといってよいようです。
 ついで和英辞典を引きます。「taste(味覚、好み)」「favorite(お気に入り)」「rticle of luxury(ぜいたく品)」「leasure goods、pleasure products(楽しみのための品物)」などの訳語が記されています。だけど、上記7項目に記したような深い含蓄は感じられません。
 ただ、日独辞典を参照すると「Genuss-Mittel(楽しみの手段)」という熟語のあることが分かります。そこには日本語の「嗜好品」に近いニュアンスが読みとれます。でも、やっぱり素っ気ないというほかなさそうです。


 そこで、ぼくは1999(平成11)年に京都で開催された国際学術シンポジウムのことを思い出します。そのテーマは「楽しみと嗜好品を科学するシンポジウム──QOLの向上をめざして」というものでした。主催したのは「ARISE( Association for Research into the Science of Enjoyment )=楽しみの科学研究学会」です。そこでは「嗜好品」に対応する英語として pleasure products という単語が用いられていました。
 しかし、研究発表や討論では、英米をはじめとする外国人研究者の多くが「shikohin」というローマ字表記を使うようになりました。「嗜好品」という日本語の豊かな含蓄に、心を動かされたのだと思います。
 それは近い将来、「津波 tsunami」「交番 koban」「鮨 sushi」「うま味 umami」などと同様、日本語由来の「世界語」になる可能性が大きいという気がします。


 もっとも、日本語の「嗜好品」という言葉も、歴史を辿ると、必ずしも古くから使われてきたものではなかったようです。それは日本社会の「近代化」が本格化した明治時代に、新しく作られた言葉にほかならないからです。

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