嗜好品文化研究会

嗜好品文化への招待
【2-6】現代日本人の「楽しみ財」と「嗜好品」


 では、現代日本人は日常的に、どんな品物を楽しんでいるのでしょうか。それを一覧したのが「図2 楽しみ財」のグラフです。これを見ると「コーヒー」「日本茶」についで「映像」、一つ飛ばして「携帯電話・電話」が出てきます。どうも少し「嗜好品」とは異なるようです。そこで図3に「嗜好品」を別途、列挙してみました。


      図2 「楽しみ財」            図3 「嗜好品」(だと思うもの)

図1

 この2つのグラフを比較すると、「楽しみ財(日常的に楽しんでいるもの)」と「嗜好品」には、かなりずれがあるようです。
 「楽しみ財」には、先に触れた「映像」や「携帯電話」のほか、「書籍・雑誌・マンガ」「音楽」「植木・菜園・植物」「バイク・車」「時計・アクセサリー」「化粧品類」など、飲食物として摂取するわけでないものが多く含まれています。
 それに対して「嗜好品」には、「コーヒー」「ビール」「たばこ」「日本酒」「ワイン」「ウイスキーや焼酎」「日本茶」「紅茶」など、いわば「人間の精神に影響を及ぼす飲食物」が上位にランクされる傾向が顕著です。そこには【2-2】で触れた「嗜好品の(仮の)定義」が、人々の気持ちにも投影されているといえそうです。


 しかし他方、「楽しみ財」と「嗜好品」の区別が曖昧になりつつあることを示唆する点にも注意を払うべきでしょう。たとえば「楽しみ財」の20位、「嗜好品」の29位にランクされた「ミネラルウオーター」について考えてみましょう。
 そこで最初に思い出すべきは、つぎのような警句でしょう。つまり、

 「日本人は、安全と水は無料で手に入ると思いこんでいる」

 それは、かつてイザヤ・ベンダサンが、その著『日本人とユダヤ人』(1970、山本書店)に記した文言にほかなりません。
 以来ちょうど40年、現代の日本人は、かなりの金額を「ミネラルウオーター」という名の「水」の購入にあてるようになりました。実際、その価格は、携帯用500ミリリットルのPETボトルで100円前後です。
 と述べたところで水道水と比べてみると、東京都の場合、その価格は20立米メートルで2,331円です。これを500ミリリットルの価格に換算してみると、5銭8厘──ミネラルウオーターの1,700分の1弱であることがわかります。なんと現代の日本人は、ミネラルウオーターに、水道水の2,000倍ちかくの金額を支払っていることになります。
 そういえばミネラルウオーターの味や香りは、ブランドごとに多様です。その好き嫌いを云々する人もすくなくないようです。いまどきの日本では「ミネラルウオーター」が「嗜好品」としての資質を濃厚にしつつあるといえるのかもしれません。


 それだけではありません。かつては単なるカロリー源だった米、生活必需品だった塩なども、現代日本では一種の嗜好品になりつつあります。むろん、こんなことをいうと、多くの人は首をかしげるかもしれません。第一、お米は栄養になります。しかし、

 「鮨は『こしひかり』に限る」
 「いや、やっぱり『ささにしき』だ」

 お米に蘊蓄を傾ける人々に「栄養摂取」への興味は、ほとんどありません。それに対して「味や香りやテクスチャー」には強い関心を払うのです。
 塩にも似たようなところがあります。いまや純度の高い精製塩は、最も安価な品物の一つです。ところが「ヨーロッパの岩塩」や「手間をかけて作った生み水塩」は、味や風味が問題にされるとともに、通常の食塩の何十倍何百倍の価格で売れています。
 これら米や塩もまた「嗜好品」としての資質を強くはらみはじめているのです。そして「嗜好品として認知された商品には莫大な付加価値がつく」ことになります。


 このように「嗜好品の範域」は、時代の流れと共に揺れ動きながら、ときに劇的に変化すると考えることができます。

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